環世界 (環境世界)という概念をご存じだろうか ユクスキュルが提唱した生物学の概念

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     リンクを貼ります。環世界 (環境世界)

環世界(かんせかい、Umwelt)はヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した生物学の概念。環境世界とも訳される。

すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、その主体として行動しているという考え。ユクスキュルによれば、普遍的な時間や空間(Umgebung、「環境」)も、動物主体にとってはそれぞれ独自の時間・空間として知覚されている。動物の行動は各動物で異なる知覚と作用の結果であり、それぞれに動物に特有の意味をもってなされる。ユクスキュルは、動物主体と客体との意味を持った相互関係を自然の「生命計画」と名づけて、これらの研究の深化を呼びかけた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ユクスキュルの著書「生物から見た世界」で生物にとって環境がもたらす意味を鮮やかに論じた

環世界説」を提唱した。ユクスキュルがこの言葉で表現したかったのは、たとえ同じ生態系の

なかにいても、その環境から受け取る感覚情報は生物ごとに違っているという単純な(しかし見過

ごされがちな)事実だった。環境に対して動物はみなそれぞれ独自の基準を持っている。

下記の事例が面白いので

引用した。客観的な環境と全く異なる環世界がここにあるのである。

そしてすべての動物はみな独自の環世界をつくりながら、その中で生きている。

紫外線が見えるミツバチやチョウの環世界、超音波で空間を把握するコウモリの環世界、嗅覚の

すぐれたイヌの環世界、それぞれがそれぞれの生物ならではの環世界をもっているのだ。

すべての生物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きています。人間は7割くらい視覚に

依存していますし、犬なら嗅覚でしょう。人間の環世界と犬の環世界は大きく異なる。

時間や空間など我々を取り巻く環境とは、すべての生物に共通するプラットフォームのようなものではなく、生物それぞれの独自の時間・空間として知覚されているものだというものです。

このようにどの生物も、環境に存在する情報のごく一部だけを受け取っている。つまり世界の断片

だけをとらえているのだ。その断片が「環世界」である。とらえられない部分も含めての

世界全体がどういうものかは誰にもわからない

ただし、個々の生物はおそらく、環世界が世界のすべてだと信じて生きている。この世界は当然、

私たちの感じている環世界よりも広いのに、通常、それを意識しない。

マダニというダニの一種には視覚・聴覚が存在しないが嗅覚、触覚、温度感覚がすぐれている。この生き物は森や茂みで血を吸う相手が通りかかるのを待ち構える。相手の接近は、哺乳動物が発する酪酸の匂いによって感知される。そして鋭敏な温度感覚によって動物の体温を感じ取り、温度の方向に身を投じる。うまく相手の体表に着地できたら手探りで毛の少ない皮膚を探り当て、生き血というごちそうにありつく。この生き物にとっての世界は見えるものでも聞こえるものでもなく、温度と匂いと触った感じでできているわけである。しかし血を提供する動物は、ダニの下をそう頻繁に通りがかるわけではない。マダニは長期にわたって絶食したままエサを待ち続ける必要がある。ある研究所ではダニが18年間絶食しながら生きていたという記録がある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

我々が、環境問題というときは、人間にとって、都合の良い世界を問題にしている。一言でいえば、動物も人間も見たいものしか見ていない。

「環世界」で、もうひとつ大事なポイントは、感覚器によって知覚される世界(知覚世界)と、

身体を使って世界に働きかける世界(作用世界)が連携することで「環世界」をつくるとしている

点だ。世界がどう見えているか、というインプットだけでなく、世界にどう働きかけるかという

アウトプットが必要なのである。ミツバチやチョウは紫外線で見分けた花をめがけて飛んでいき

蜜を吸う。このような知覚世界と作用世界の連動をユクスキュルは「機能環」と呼んでいるが、

このインプットとアウトプットの連動は、「“わかる”と“つくる”」にも通じるポイントのひとつだ。

この環世界は現在世界で話題になっている地球温暖化問題にも深く関係する。

地球の歴史を見れば、火山の大噴火が気温低下を何年も引き起こした事例が、とても多くある

のが事実。1815年、インドネシアのタンボラ火山が大噴火し、空を覆う大量の火山灰が日光を

遮った。その結果、大規模な気温低下を起こし、噴火の翌年から世界各地で夏が来なかった。

北アメリカ東岸の平均気温は例年よりも4℃も低く、6月に寒波が来襲し池に氷が張った。

8月には霜が降り主要作物のトウモロコシが全滅した。こうした異常低温は1817年まで続き

農業に大きな打撃を受けた米国北東部の農民が、西部へ移住していった。1年間ならばまだしも

3年も続けば、大打撃どころではない。

実は、19世紀後半の数十年間が寒かったのは、大規模な噴火が続いたせいではないかと考えられていた

1883年のインドネシア・クラカタウ山、1886年のニュージーランド・タラウェラ山

などが立て続けに噴火したからだ。一方20世紀はそれ以前の世紀と比べて巨大噴火がほとんど

無かった。

大噴火による気温低下がないため、20世紀後半の温暖化が顕在化したようなのだ

地球温暖化問題は、一回の大噴火による急激な寒冷化で状況が一気に変わりうる。現在、世界中

でカーボンニュートラルと脱炭素が推進されているが、これとても、本当に二酸化炭素の問題

とされるのか議論は分かれている。今まで地球がたどった歴史から見れば、首をかしげたくもなる。

むしろ、化石燃料を燃やさなければいけないのではないのか。間違いで下では済まされないのでは

ないか。

そうした大前提となっている温暖化問題が寒冷化問題へと劇的に変わる可能性は否定できない

人間が眼前の見たい事象しか見ないことを教えてくれる「環世界」の視座を活用し、百年単位

で自然界を客観的に把握しながら強靭であらねばならない社会を構築しなければならない。

肝心なことは、間違いを犯して再びという余裕はないということである。

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