2B弾遊び 危険極まりない遊びを タイミング的には祭りの後などに良くやった!

昔のおもしろ話

子供の遊びではない危険極まる2B弾と呼んでいた爆竹のような花火

昔を思い起こすが、今もあるのか!?2B弾

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『こち亀』って結構「2B弾」が出てくる。両さんの子供時代のエピソード

「球技大会の巻」に出てくる。

スカイピンポンで2B弾水平撃ちしてたら手榴弾での撃ち合いになって滅茶苦茶になっちゃう話。

それがこの「2B弾」ってやつ。

2B弾とは、愛知県の花火業者が開発し1966年まで製造されていた花火の一種。

この花火は、破裂させるとその爆音がかなり大きな音で、何かを破裂させて遊んだりという

使われ方をしていた。大きさは6ミリくらいの紙を固く巻いて筒とし、

この中に破裂する火薬と点火・発煙用の燃焼薬が詰められていた。

点火に際してはマッチ(赤燐マッチ)のようにマッチ箱の

ヤスリ部分で擦ることで点火でき、約10秒ほど白煙を噴いた後、破裂間際であることを示す

黄色い煙が出て、その数秒ほど後に破裂する。というもので、危険そのものであった。

無残であるが、この花火の犠牲となったのは、カナチョロと呼んでいたトカゲ、キリギリス、カエル、蟻の巣、野良猫、野良犬

とかわいそうだが、子供時分の残酷さは呆れるばかりであった。

その遊びはどんどんとエスカレートしてくる。半ズボンのポケットやティシャツと下着の間に

入れるとか、靴の中に入れるとか、ひどいことを随分された。

俺はしてはいない。カナチョロとキリギリスとカエルだけだ。

投げ合うときには、時限的なけむりが恐怖とタイミングを図る危機一髪的な面白さを

ついつい駆り立ててしまう。

健全ではあるが、時に残酷。加減を知らない、やはり子供なのだ。

こういう時、女の子は別な遊びをしていたと思う。男子と混ざり「2B弾」で遊ぶ女子は

いなかったと思う。

あの火薬の臭いは、すぐに子供時代の当時に飛んで行ってしまう。(次元移動)

私の近くにいたガキ連中はかわいいものだった。怒られもしたが、きちんと反省もしたし、

どんなことも、駄目と分かれば、それ以上はしなかった。

怪我をされて大変なとこになった方がおられれば、不遜極まりないので

様子についてはこの辺までとする。

子供たちの遊びも、流行り廃れがある。移ろいは結構激しい!

お祭りなどで、おこずかいをもらい

余ったお金を寄せ合い、花火を買い、その花火に「2B弾」が入りまるで流行りのように、広まる。

がまた次の機会には別な遊びがはやるという具合にそればかり、などということはない。

当然、花火なども売っていたが、くじをひいたり、おやつを買ったりできた子供専用のような

いわゆる駄菓子屋が、広いテリトリーの中に距離が程よい感覚で、2軒あった。

子供の5円、10円で楽しめるお店である。そのうちの一軒のお店の名はトガワであった。

当時は1円で2つとか、2枚とかの安いものがあったので、10円あれば、結構楽しめたのだ。

今考えると、食べてはいけないようなものも、結構あった。ハッカを塗った紙があったと思う。

それを舐めると、舌がピンク色とか、緑色になった。

外側にはザラメのような砂糖がかかっているのに、外側を舐めると、何も味のしない

中身が出てくる飴玉があった。こうせんという、吸う甘い粉が売っていた。

麩(ふ)菓子が売っていた。ヨーグルト味の変な食べ物。カルミンなんてものがあった。

ココアシガレットはちょっと高かった。

楽しかった!箱状のくじ引き箱を押して破く、そこで引くくじ引きは、いつもスカだった。

たまに当たっても,3等がせいぜいだった。

当時スーパーボールというのも流行って、随分と買ったなー。

はねっ返りが楽しいのだけれど、それが大きければ、大きいほど、無くしてしまう。

蛍光色も交じって、彩りよく、大小の大きさでたくさん持っていたなー。

最大の収集をしていたのは、パッチだ。めんこともいうが何百枚も持っていた。

時代の繁栄で、様々な絵柄があり楽しかった。近所のガキ仲間から、遠征をして

別なガキ集団とパッチの対決をしたものだ。

全く健全で、かわいいものであった。

今の子供たちはかわいそうでたまらない。大人が意図的な手を入れれないことも分かっているが

時代的な縛りや、ゲーム機、携帯、パソコンと大人が手にするものと同じだ。

大きな流れはどうしようもないが、何とかしてあげたいと思う。

でもどうすればよいのだろう。大きく難しい問題である。

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